食材への敬意
庫司に随いて打得せし所の物料は、多少を論ぜす、麁細を管せず、唯だ是れ精誠に弁備するのみ。切に忌む、色を作して、口に料物の多少を説くことを。竟日通夜、物来りて心に在り、心帰して物に在らしめ、一等に他と精勤弁道す
(意訳)
寺の財産管理責任者と相談してお預かりした食材は、その多い少ないや、粗末か上等かによって差を付けず、等しく大切に扱いなさい。こんなのしかないのか、というような不満を漏らすことは決してあってはいけない禁句です。調理責任者として、四六時中、食材と自分を同化させるほどによくよく心を注ぎ、どんな食材でも精魂込めて調理するよう努力するのです。
供養の物色を調弁するの術は、物の細を論ぜず、物の麁を論ぜず、深く真実の心、敬重の心を生ずを詮要と為す」
(意訳)お寺で仏さまや僧たちに献じる食事を調理する際の心得は、食材が上等だとかそうでないとかいう世俗の価値ではかることをせずに、その食材の真実のありようを深く捉え、感謝と敬いの心をもって大切に扱うことが肝要です。
「縦い莆菜羮を作るの時も嫌厭軽忽の心を生すべからず、縦い頭乳羮を作るの時も喜躍歓悦の心を生すべからず」
(意訳)もし粗末な材料でありふれた料理を作るとしても、嫌がったり軽んじたりしてはいけません。逆に、高級で珍しい材料を扱うからといって特別に興奮したり張り切って心乱してもいけません。
『典座教訓』には同様の教えが何度も繰り返し示されます。命の価値に上下優劣の差はありません。どんな食材に対しても等しく敬意を持ち、食材の尊い命を預かって調理している責任の重さを自覚し、ありがたく精一杯使い切ることが何よりも大切です。
そして、もし仮にその材料が不充分な量だったり、あまり良くない状態だったりした場合でも、どうすればうまく料理できるかを考えて、最大限活かせるように工夫します。
例えば昆布の煮物を調理中に、たまたま思いのほか崩れやすい個体が紛れていたとします。煮物にはできないな、と判断したら逆にその特性を生かして柔らかく煮崩し、包丁やミキサーで細かく刻んでスープに仕立てて無駄なく美味しく頂きます。昆布の煮物でなくてはダメだ、それにはこういう品種の昆布を絶対に揃えるんだ、というような、できあがりを優先して材料を揃える硬直した考え方を離れ、どうすればこのありがたい昆布を無駄なく使い切ることができるか、という柔軟な視点で調理場に立ちます。
食材への感謝と敬いの心を持てば、不満など出ようはずもなく、自然とこうした使い切る発想に至るのです。