【人権フォーラム】大本山永平寺集中人権学習開催報告
8月22日から23日にかけて、大本山永平寺集中人権学習が開催された。これは、9月14日修行予定の「曹洞宗被差別戒名物故者追善供養法会」に先立ち、法要の意義と人権に関する学びを深めるための学習会である。今号はその概略を紹介する。
公益財団法人反差別・人権研究所みえ調査・研究員 中村尚生氏
「『今日の部落問題』~インターネットで起こる差別事象からみる部落問題~」と題してご講演いただいた。氏はまず被差別部落の環境について述べられた。
「70年前の話になりますが、被差別部落は90%が不良住宅であるなど、生活状況が非常に悪かったのです。病気や感染症が大きく問題になるような不衛生な環境でした。他の地域には不良住宅はありません。そのため、被差別部落は汚くて不衛生であるという忌避意識が持たれていました。そうした状況を改善するために、同和対策事業特別措置法による施策によって、住環境は整備されましたが、今も当時のイメージに引きずられている人がいます」
その後、インターネットでの部落差別について法整備の必要性を説いた。「インターネットでは被差別部落に対する悪質な書き込みが後を絶ちません。罰則規定が無いので、被差別部落を中傷する書き込みや、全国に存在する被差別部落の詳細な場所を掲載しても大丈夫だろうということになるわけです。現在の状態は差別を助長しております」
最後に人権研修・学習会における差別意識の変容と課題を述べ締めくくられた。
「三重県内では5年に1度県民に対して人権に関する実態調査をやっております。この調査で、部落差別を許さない態度を身につけることは、他の人権問題にもプラスになるという主旨の設問に対し『そう思う』と回答した人が、社会に出てから一度も学習に参加したことがない方のうち8割以上もいました。
これは不思議だと思いませんか。こう回答するのは圧倒的に20・30代の人たちが多いです。そして学生時代に人権教育を最も受けていた世代と一致します。この方たちは部落差別をしている人に直接いけないと言うことはできるけれど、実際に自分が被差別部落の人間と結婚できるか、あるいは親の反対を跳ね返せるかと言われたら返せませんと回答する方が多いです。
そしてこの20・30代は一番結婚する世代です。この世代の方々が結婚する際に相手が被差別部落出身の人間であって、周りから反対されたら折れてしまうのではないでしょうか。現在でも被差別部落かどうかを調べるという方がいるということは、やはりこの世代の方々がさまざまな形で部落差別や同和問題を学ばなければいけないのではないかと思います」
千葉県広徳寺 石川光学師
石川師には「布教と人権」と題してご講演いただいた。師はまず僧堂に安居をしている際、湧き起こった疑問について述べられた。
「お授戒で女性に対し『血盆経』授与というものがありました。これは何かというと、女性は穢れており、その穢れを清めるため、というお経です。それに対して異議を唱える人は女性からも出ませんでしたが、私は疑問に思っておりました。
あるとき『なぜ女性は穢れているのですか』と古参和尚に聞きました。すると『女性は月経と出産で血を流す。大地を穢す。これが女性の最大の穢れであり最大の罪だ』と。『でも、私たちは女性から産まれてきた訳ですよね』と聞くと、『女性は行いによって穢れている。それが出産、経血である。それを清めなければ女性には戒を与えられない。仏弟子にはなれない』と返答された訳ですが、こういう理屈が昭和50年代頃までは当たり前だったのです」
次に宗内僧侶が過去帳を用いて差別に加担した事例を紹介された。
「過去に広島県の曹洞宗C寺院で家系図差別事件がありました。A地区は被差別部落が存在する地区でB地区は被差別部落が存在しない地区であり、B地区にCの寺院があり、檀家にも被差別部落出身者は居ませんでした。檀家でもある相談者が住職に『A地区に本家が住んでいるが、この本家は元々被差別地区に居たわけではなく、BからAに移り住んだということを家系図で証明してください』と頼んで、住職がその家系図を作って判子を捺した。それが被差別地域の出身者ではないということの証明となりました。自分の先祖は被差別部落出身ではないことを証明するために家系図を作った。それを住職に証明させることが重要だったのです。
そして住職も家系図を作るということ自体が差別だということを理解しておりました」
過去に宗内の僧侶が犯してきた差別事象を踏まえ、師は最後にこう締めくくった。
「私たちの感性や感覚は自分で護らなければなりません。人権のような繊細な課題を考える際、自分が鈍くて結構、知らなくて結構と言ったら自分の感性を護っていないということです」
尚絅学院大学総合人間科学部現代社会学科 准教授 内田龍史氏
内田氏には、「データで見る部落問題―部落差別・意識の現状―」と題してご講演いただいた。
氏は、大学に入る前までは部落差別は過去の問題だと思っていたが、それは大きな間違いだったことに気付いたという。その経緯を語る。
「私は被差別部落出身ではありませんが、元々差別問題に関心があったので、大学に進学する際に、日本で初めて部落問題の授業を始めていた大阪市立大学に入りました。
それまで私は、部落差別が今もあるとは知りませんでした。大学の近くに被差別地区があり、授業の一環でその地区を歩き、被差別部落の方から近年の結婚差別の話を聞きました。また、学校内でも被差別部落の人に対する差別落書きがあったことを受け、これは過去の話ではないと思い直し始め、被差別部落の子どもたちと接する中で『この子どもたちも将来差別を受けるようになるかもしれない。自分に何ができるのか』ということで、当時お世話になっていた教授を訪ねました。すると『被差別部落の歴史研究者はたくさん居るけれども、現状のことを調べて明らかにするという研究者はすごく少ない。この研究を進めることが差別を防ぐ手立てになるからやってみるといい』と勧められました。それで大学院に進学して学習し、気をつけて被差別部落を見てみると、差別の実態が良く見えるようになってきました」
また、部落差別は、話題にするから無くならないのではないかという意見に対して氏はこう語る。
「私も部落差別は騒ぐから無くならない、騒がなければその内無くなるのではないかと思っていたのですが、大学の大先輩に被差別部落出身者がいて、その人はすごく自分の生まれを誇りに思っており『私、純部落ですから』と言うのですね。なんでそんなことを言えるのか聞くと『自分自身は仲間が差別と闘ってきた歴史を学ぶ中で、自分のことをすごく誇りに思えるようになった。むしろ自分を部落民だと堂々と述べることが引っかかるというのは、それは差別する側の問題ではないのか』という発言に衝撃を受けました。部落出身というのは誇りでありアイデンティティでもある。被差別部落の歴史や差別された事実を隠そうとすることは、そのアイデンティティを抹消するということを学びました」
最後に、なぜ今部落差別問題を特に学ばなければいけないのか、データを以って述べ締めくくられた。
「平成11年に一般地区の未婚者の方に被差別部落の方との結婚についてアンケートを取りましたが、そのときは『絶対に結婚しない』というのが1%に満たない状況でした。そして『家族の反対があれば結婚しない』というのが約4%でした。しかし近年同じ調査をしてみると、『絶対に結婚しない』が6・3%と跳ね上がっていますし、『家族や親戚の反対があれば結婚しない』という回答が7・4%と、悪化しています。
これは何故かというと、今の若い人たちはネットワークが発達した現在、気になったことは簡単に調べられます。
インターネット上には、非常に悪意に満ちた情報もあり、被差別部落民はこんなに悪いやつなのだというような内容が散見されます。そういう情報だけを見て、マイナスイメージで判断されてしまうことがあります」
また、氏は「正しい知識を学ぶこと、また伝えることが部落差別を無くすことに繋がることを認識していただきたい」と、人権学習は必須であることを語った。
私たちは、これらの学びから人権問題と自らの関わりに気づき、人権尊重のために自らの営みとしていくことが求められている。
(人権擁護推進本部記)