【人権フォーラム】無縁遺骨の保全と記録・記憶の継承に向けて ―朝鮮出身者の無縁遺骨調査の終結と今後の展望―
日韓両首脳の合意と経過
第2次世界大戦前から、さまざまな事情で日本国内に移住した朝鮮(韓国・朝鮮)出身の労働者とその家族のご遺骨が、故郷に帰れずいまだに国内の寺院や墓地に祀られています。これらのご遺骨のみ霊とその遺族に仏教者として何ができるのかということが懸案として残っています。
2004(平成16)年末、鹿児島県指宿で開催された日韓首脳会談において、当時の盧武鉉大統領から小泉純一郎総理大臣に対して「徴用者等の遺骨についても、その所在の確認や返還をして欲しい」との要望が表明され、小泉総理からは「何ができるか真剣に検討したい」旨の応答がありました。
この両国首脳の合意をもとに、日本国政府は「人道的観点から」翌年6月29日付の依頼文「朝鮮半島出身の旧民間徴用者等の遺骨についての情報提供のお願い」を、全日本仏教会(以下「全日仏」)を経由して、加盟教団・寺院等に向けて発信しました。
その結果、本宗調査事業においては、今日現在、152ヵ寺からご遺骨の所在やそれに関連する死亡者情報等が寄せられ、曹洞宗人権擁護推進本部による宗内実地調査はほぼ完了しています。北は北海道から南は九州までの宗門寺院・墓地等において、骨壷や骨箱で個別性を保っている約120体のご遺骨の中で、朝鮮本籍などの詳細な身元情報が判明しているご遺骨は約80体、韓国内の遺族が判明しているのは3体(他に埋葬等2体)に過ぎず、大半は遺族・引受人不明の無縁遺骨です。
本宗は全日仏を通じ、厚生労働省に対して108ヵ寺分の情報を7回に分けて報告し、必要に応じて日韓両政府合同実地調査等を受け入れてきました。(公開調査も多数)
本宗における遺骨調査事業は、関係寺院、檀信徒、地方公共団体、日韓両政府等の支援・協力によって予想以上に順調に完了しつつあり、その成果をもとに、ご遺骨等を、ご遺族はじめ親族および故郷に奉還するだけとなっております。
1体のご遺骨も動かない
しかし、本宗寺院も含め、1体のご遺骨も返還に到っていないのです。日韓両政府からの依頼があってから、かなりの歳月を経過しているにもかかわらず、帰るべきご遺骨のみ霊が宙に浮いてさまよい始めているのです。
これまでも、ご遺骨返還の機運や機会が多々ありながら、依頼主である日韓両国政府は一向に返還事業に着手しようとはせず、本宗から個別の、さらには全日仏を通じての「なぜ返還が滞っているのか?」の問い合わせについても、当局からの合理的な説明もない状態で、実に11年以上の貴重な時間が経過しています。高齢となった遺族はその情報もご遺骨も受け取れないままで、まるで本宗とその寺院は返還できないご遺骨のリストを浄財によって作成してきたかのような状態です。
さらに、懸念すべき状況としては、このご遺骨の調査と返還を日本国政府に依頼した韓国政府の受け入れ態勢そのものが機能していないことがあげられます。韓国政府は遺骨調査の専門部局として当初は「日帝強占下強制動員被害眞相糾明委員会」次いで「対日抗争期強制動員被害調査・国外強制動員犠牲者等支援委員会」を立ち上げ、専門家と行政や警察の全面的な支援によって、調査事業が継続されていましたが、一昨年末をもってこの部局も解散してしまいました。日韓間には様々な外交上の問題や課題はありながらも、遺骨問題は「人道問題」としての位置づけであったわけですが、依頼主の韓国側の実務部局が解散したことにより、実質的には頓挫することになったのです。
国家・行政と民間・宗教間の協力によって立ち上げられたたいへんユニークな歴史的事業が、その実を結ぶことなく枯れてしまうのではないかと私どもはたいへん心配です。
約束不履行が10年以上も続けば、民間ではこれ自体が不法行為であり、損害賠償責任が発生するにもかかわらず、政府は何ら有効な対応をしようともしないのです。ご遺骨のみ霊には誠に許しがたいことです。
ご遺骨の紛失や記録の散逸を心配
このまま頓挫や停滞を見過ごすことは、調査によって判明したご遺骨や詳細な身元情報が散逸することにつながりかねません。差し迫った現実問題として、かつて炭鉱や鉱山事業等が栄えていた地域に隣接している寺院では、ご遺骨の管理どころか、お寺の存続そのものが危機に瀕していることも少なくないのです。
このような事態は、ご遺骨のみ霊には勿論のこと、そのみ霊を待ちわびている遺族やその親族および故郷の同胞の心情に思いを馳せるとき、まことに慚愧の念を禁じえません。さらに、誰から望まれるわけでもなく、ご遺骨を大切に安置しつづけ、供養を懇ろにされてきた関係寺院にたいしても誠に申しわけのないことです。
本宗としての集約・保管・慰霊
本宗は、日韓両政府を通しての遺骨と身元情報の返還を基本原則とします。両政府が明言している如く「人道的観点から」遅滞なく即時に返還に着手するように、個別にそして全日仏を通じて強く要請していきます。
ただし、返還が実施されるまでなお相当の期間が予想されるため、本宗としては、約120体の無縁遺骨の集中管理の方途に向けて、一昨年(2015年)、遺骨の仮安置場所の選定などを目的に「朝鮮出身者無縁遺骨返還・集約に係る検討委員会」を組織、諮問しました。
一昨年末にこの委員会から提出された答申と提言をもとに、慎重に審議し、関係寺院の意向も聴取しつつ、供養に相応しい宗教的環境等も考慮しながら、ご遺骨の集約地・仮安置所候補を選定いたしました。現在はその最終的な契約に向け折衝中です。
すでにご遺骨の集約元の寺院には、事前通知を差し上げており、同意いただいたご遺骨等については、本年度内にその集約・移送・保管を完了させたいと考えています。
ご遺骨は単なる「もの」「亡骸」ではありません。故人の生命の人格の象徴ですから、その歴史的な経緯も踏まえ、懇ろに供養しつづけ、来るべき政府による遺骨返還を待ちたいと願っています。
(人権擁護推進本部)