【人権フォーラム】「差別戒名」問題が問いかけるもの
はじめに
曹洞宗では、1979(昭和54)年「第3回世界宗教者平和会議」での「日本に部落差別は存在しない」という差別発言事件をきっかけに、部落差別をはじめとするあらゆる差別の解消に向けた取り組みが始められ、36年が経過した。
特に、差別発言に関わる確認・糾弾会を通して指摘されたのは、当事者の差別発言に留まらず、曹洞宗教団が犯してきた様々な部落差別に対しての指摘である。
そのひとつに「差別戒名」の問題があり、多くの「差別戒名」が刻まれた墓石や寺院「過去帳」などが確認されている。さらに、この「差別戒名」の授与の仕方や被差別部落、ハンセン病患者、障がいをもった人々に対しての差別儀礼を指南した「差別図書」の存在などが明らかになり、また、寺院住職による「身元調査」への加担の実態も問われた。
宗門は、人権擁護推進本部設置以来、最重要課題として「差別戒名」改正、「差別図書」の回収と「身元調査」お断り運動を展開し、部落差別問題の解消をはじめ、あらゆる人間の尊厳を守る取り組みを推進してきた。しかしながら、この原則的課題が宗門全体にまで徹底していないのが実情である。
「差別戒名」とは
「差別戒名」とは、江戸時代中期から昭和20年ごろまで主に被差別部落の檀信徒に授与された、社会的差別の意味をもつ文字や符号などを、戒名・位階などに織り込んだものをいう。仏教に帰依した「仏弟子」に授けられるべき戒名ではなく、人間の尊厳と平等の教えに反して僧侶自らが授与してきた差別の象徴である。
具体的な事例からあげると「畜男(女、門)、僕男(女)、革門(男、女、尼)、隷男(女)、穢男(女)」などが確認されている。この「畜」においては「『畜生』のような人」であったり、「僕」は「下僕」「しもべ」を意味すると考えられ、「革」は皮革に携わった者の意から被差別部落を示すとされる。これらは「直接的差別戒名」という。
また、当該寺院の中で同じ時代の被差別部落の檀信徒と他の檀信徒との戒名を比較すると、被差別部落の方が授けられている文字の数が少なかったり、位階によって区別しているなど、授ける側に差別的意図が見られる「相対的差別戒名」がある。
さらに、本来供養のための精霊簿である「過去帳」においては、被差別部落の死者に対しては「穢多、非人、新平民」などの「賤称」や差別的な「身分」が添え書きされ、記載形式においても被差別部落の死者のみが「過去帳」の「巻末に一括記載」や「一字下げ」「下段・欄外記載」がなされ、加えて檀信徒の中で被差別部落の死者のみを別の「過去帳」に記した、「別冊」にするなどの事例もある。この別冊「過去帳」においては、1987年頃まで使用されていた事実も判明している。
「差別戒名」改正督励の現場から
宗門での改正方針は、「差別戒名」墓石は、「身元調査」に利用されないように、各檀信徒の墓地から寺院境内に運び、三界萬霊供養塔を建立、合祀し、亡くなられた方々への懴悔と追善の意味を込めて、同じ過ちを二度と繰り返さないと誓い、啓発活動の一環として追善法要を行っている。
また、「差別戒名」が記載された過去帳の改正は、当該寺院住職の責任において改めて戒名を追贈し、懴悔の意味を込めて書き換え作業を行うものである。
そして今までの「差別戒名」の改正督励の現場からは、様々なケースが明らかになっている。
まず、墓石については、当該檀信徒や関係者のご理解とご協力が不可欠となるが、改正にいたらない事由として、檀信徒が転檀・改宗をしているケースや、檀信徒の中には「永年お参りしてきた大切なお墓なので、そのままにしておいてほしい」と訴える方もいる。
更に、「過去帳」の改正は、寺院住職の責任において果たされる事柄であるにもかかわらず、「多忙である」「私が付けたものではない」などを口実に拒否・猶予を要求する住職もいる。
しかし、「差別戒名」を放置することは、人々を救済するという仏教本来の「衆生済度」の教えそのものに反すると同時に、僧侶としての社会的責任を放棄することに他ならない。
このことで、現在も行われている「身元調査」に利用されたり、新たな差別が引き起こされる危険性があり、当該住職や檀信徒にご理解をいただくまで何度も足を運び、督励を行っている。
なお、現在の改正状況は、墓石改正対象寺院145ヵ寺中141ヵ寺改正済、改正率97.2%、過去帳改正対象寺院218寺中207ヵ寺改正済、改正率94.9%である。(2016年4月30日現在)
「差別戒名」が問いかけるもの
「差別戒名」は、仏教に帰依した「仏弟子」に授けられるべき戒名とは明らかに言えない。「差別戒名」をそのままにしておくことは、一仏両祖の教えに背くことであり、宗教者として恥ずべきことである。
ある差別事象が確認された寺院では、「過去帳」の中で世代ごとに調査すると、「差別戒名」を付与しなかった住職がいる。また、ある別の寺院においては、明治期において他宗派から曹洞宗へ転宗してきた檀信徒の「差別戒名」を改めて付け直した住職もいる。このことは現在の「差別戒名」改正についても示唆を与える。
いつの時代、どのような状況であっても差別に加担、容認する側に立つのか、差別を糾す側に立つのか、常に自らの姿勢が問われているのであり、「封建時代であるから当時はしょうがなかった」という言い訳は通用しない。
今後も、人権本部は完全改正を目指して、さまざまな状況に即した粘り強い督励を継続していく所存である。
(人権擁護推進本部記)
【参考文献】・「差別戒名」改正の取り組み~懺悔と人権啓発の誓い~曹洞宗資料