梅花流詠讃歌【梅花照星に似たり】①

2025.01.08

新しい年を迎え、今年一年の目標を掲げ、計画を立てた方もおられるでしょう。

私が住職を勤めるお寺では、毎年新春にあたり、客殿の床の間「雪裏梅華只一枝せつりのばいかだたいっし」の軸を掛けます。冬の厳しさに耐えてこそ、梅はかぐわしい花を咲かせるという意味から、私たちが苦労を重ねてものごとを達成したり、実現したりすることにかけがえのない価値があり、確かな真実が目の前にあることを示すことばです。

よもすがら終日ひねもすになすのりみち
みなこのきょうこえとこころと

この「修証義御詠歌しゅしょうぎごえいか伝心でんしん)」の歌詞は、「詠法華経(法華経をえいず)」と題してまれた道元禅師和歌五首のうちの一首です。

本来、歌詞にある「この経」「法の道」は、『法華経』であり、また『法華経』をもとに説かれる私たちの行いです。

ただ、この和歌が示す「この経」「法の道」は、『修証義』に説かれる私たちの行いや生き方と受け止めるべきでしょう。

『修証義』第一章「総序」の冒頭には、「しょうあきらめあきらむるは仏家一大事ぶっけいちだいじ因縁いんねんなり」とあります。生老病死何であれ、様々な人生の問題に直面した時に、現実として自分の身に起こっている事実から逃げ出さず、真実に生かされている現実の中で、前向きに生きるという生き方が大切である、ということです。

年が改まり、私たちはまたひとつ歳を重ねますが、「いま」という時は一度しかありません。「雪裏の梅華」のことばと同じく、この御詠歌を一度きりの「いま」を思い、「いま」「ここ」を大切に生きる積み重ねの教えとしたいものです。

連載のタイトルを「梅花照星に似たり」としました。これは菅原道真が十一歳の時に詠んだ「月夜見梅花」(月夜に梅花を見る)という詩の二句目です。 花咲く梅は照らされる星に似ている、という意味で、この詩の梅花は梅の花を指しています。しかし、ここではこの梅花を梅花流詠讃歌に置き換え、天に輝く星が大地を照らすように、梅花流詠讃歌が私たちの心を照らし、心の支えになるものととらえ、曲の歌詞の意味合いを通して、私たちの生き方学としてともに学んでいくことといたします。

静岡県官長寺 住職 大田哲山