【International】ヨーロッパ国際布教総監に着任して
本年2月15日に私がパリの国際布教総監部に着任して以来、はや半年以上が経過しました。この間、ヨーロッパの様々な国の宗門関係の方々と、手探りながら度々交流を持つうちに、徐々に自分の立つべき位置、果たすべき役割の方向性が見えて来た気がいたします。
当職就任にあたっては、前ヨーロッパ国際布教総監であり、私が昭和六三年に大本山永平寺に掛搭し国際部に配属された際に、国際部講師の任に当たっておられた峯岸正典老師からお声がけをいただいたことが直接のきっかけとなりました。
私は大本山永平寺送行以来、駒澤大学仏教研修館竹友寮寮監、大本山永平寺別院長谷寺専門僧堂役寮と、20数年に亘って、国際布教とは縁遠い職に就いておりましたので、分不相応な大役でもあり、当初は総監就任をご遠慮するつもりでおりましたが、関係者の皆さまより熱心なお薦めをいただき、また徐々に心づもりもできましたので、及ばすながら当地で仏法興隆に力を傾けることとなりました。関係者の皆々さまには何卒よろしくお願い申し上げます。
宗門には現在、本山僧堂、専門僧堂等の掛搭僧を対象とした「僧堂掛搭僧海外研鑽」というプログラムがあります。毎年、日本国内の僧堂から海外の寺院や禅センターに数名の掛搭僧が派遣されていますが、私が安居していた平成初期には、「海外研修安居」と称した大本山永平寺独自の企画があり、私は幸いにも平成3(1991)年度の派遣僧に選抜され、その年の夏から秋にかけての3か月間、ヨーロッパ随所で行われている摂心会を渡り歩く形で、合計7か所のサンガを訪問し、現地の人々と交流することができました。
当時、ヨーロッパにはすでに規模の大きな道場がいくつも設立されており、伝道教師(当時)の資格を得た宗侶諸師により、活発な布教活動、厳格な安居生活が営まれていて、本山の一雲衲であった私はその盛んな勢いに感銘を受けたものでしたが、今般、33年を経て当地に赴任してみると、教線がさらに拡大していることをはっきりと認識できました。
周知のように、ヨーロッパにおける宗門の布教は1967年の弟子丸泰仙老師の渡仏をその嚆矢とします。日米安保闘争で日本国内の学生運動が次第に激化したこの時期に、ベトナム戦争の本格化とともに、アメリカでは大規模な反戦運動が勃興しました。同時に旧来の価値観を否定するカウンターカルチャーとして、東洋思想に目を向けるなどしたヒッピームーブメント等の活動が起こっていました。
ヨーロッパにもその気運が波及し、時を同じくしてフランスで生起したいわゆるパリ5月革命等とも相まって、それまで一般の欧米人には馴染みの薄かった禅をはじめとする東洋の宗教に対する関心が当地でも急激に高まったようです。弟子丸老師の布教活動は、時宜を得て当時のヨーロッパの一部の若者に熱烈に受け入れられ、今日の宗門の隆盛の礎となりました。
その後、1976年に弟子丸老師は初代ヨーロッパ開教総監(現国際布教総監)に就任されましたが、1982年の老師の遷化後、総監部は一時活動を停止し、2001年にイタリアのミラノに事務所を新設して活動を再開し現在に至ります。(2007年に事務所はパリに移転)
総監部の一時活動休止中も当地の宗侶の熱心な活動は続けられ、2024年9月12日現在、ヨーロッパ総監部同籍の宗侶は424名、うち教師資格保有者は69名(権大教師1/正教師4/一等教師5/二等教師60)、うち国際布教師は53名にまで増え、管内の海外特別寺院(曹洞宗の認可を得て年2回結制を置くことができる寺院)は14か寺に上ります。
管見によれば、ヨーロッパ総監部管内の目下の大きな問題の一つに、現在、当管内には、安居することによって教師資格が与えられる常設の専門僧堂が存在せず、教師資格の補任を希望する宗侶は必ず日本のいずれかの僧堂において所定の期間の安居を了じなければならない、ということが挙げられます。
この問題を克服するべく、過去2回、2007年と2008年にフランス禅道尼苑において、各3か月間、宗立専門僧堂が開設され、一定の業績を上げています。しかし、宗立専門僧堂を開単するための人員確保や、サポートの人員、費用の工面など、一時的にでも僧堂を開設するためにクリアすべき課題は多いのが実情です。
現行の宗制では、4年制の大学を卒業している場合、2等教師補任を申請するためには入堂日から最低6か月の安居期間が必要となりますが、様々な地域で活動する師僧から得度を受けたヨーロッパ在住者は、日本での安居のために少なくとも一往復数十万円かかる旅費を調達しなければなりません。また、その僧侶の多くはすでに社会人として定職に就いている人生の中から、最低6か月間の時間を捻出し、自分自身が安居生活に支障のない程度の日本語力を身につけるか、外国語(基本的には英語)で対応できる僧堂を探し、日本文化の中に身を置いて心的負担にも耐えなければなりません。
現在までに数十名の当地の宗侶が以上の条件を満たして安居を修了し、教師資格を得てきましたが、国外からの安居者は日本に在住する日本人の安居希望者に比して、大きなハンディキャップを負ってきたと言わざるを得ません。今後はその宗侶らもヨーロッパで弟子を持ち、その数が益々増加することが当然予想されますが、いずれ数百人単位になるであろうその弟子たちが教師資格の取得を希望する場合、現状では今後とも師僧たちと同じ労苦を背負わねばなりません。
当総監部では、こういった問題を克服するため、当地での宗門の順調な発展を見据えるならば、運営に必要な金銭面の調整、僧侶教師分限規程の改変の検討等、諸々含めた長期的な準備が必要になりますが、日本の宗門と緊密な連携を図りながら、将来的には、ヨーロッパに限らず、海外総監部ごとの専門僧堂の創設も視野に入れるべきかと愚考しております。
いまだ知見の乏しい状態ながら、日本とは条件が様々に異なる当地において、総監として微力を尽くして参る所存です。関係各位には何卒宜しくお願い申し上げます。
ヨーロッパ国際布教総監 柿田宗芳 記