【人権フォーラム】安心して「菩提寺に相談」することとは

2024.10.18

○『もしものときは菩提寺へ』

曹洞宗の公式ホームページである曹洞禅ネットを見てみますと、よくあるご質問の中に葬儀関係のQ&Aがあります。葬儀の意味、戒名授与などの儀礼の意義について回答されています。

その中にはまず菩提寺への相談を勧められています。また、曹洞宗宗務庁が刊行している『もしものときは菩提寺へ』という冊子にも、葬儀や埋葬などで困ったときに菩提寺への相談を勧めています。

もし仮に菩提寺の住職が、まったく話を聞いてくれない身勝手な人物だった場合、相談する方はどうしたらよいのでしょうか。さらに、何世代も檀信徒を続け、菩提寺のためにと願って様々な奉仕をされている方から、菩提寺の住職が身勝手な人物で困っているという相談があったら、皆さんは「菩提寺に相談」することをすすめられるでしょうか。

今回の人権フォーラムでは、人権擁護推進本部に寄せられる相談から、ご供養や葬儀をお手伝いいただく業者の方々との関係を考えてみました。実際の相談に正解の対応があるわけではありませんが、一つの事例として考えていだだければ幸いです。

○曹洞宗の人権擁護

人権相談など、曹洞宗が取り組む基本的人権の擁護活動には、あらゆる方にとって「安心できる曹洞宗であるのか」という問いが常にあります。

僧侶、寺族などその教団の主要な構成員の部落差別を容認する教団であれば、部落差別に直面する方々にとって曹洞宗は安心できる教団にはなりません。また、障害者を不当に取り扱うならば、社会にある障害に直面する方々は曹洞宗を信頼できないでしょう。

仏教徒として差別を許さないという態度は、不当な扱いを受けて苦しむ人が仏教を信じられるかの分水嶺になります。どのような宗教であっても、教義を信奉する人間の行動が信頼できないものならば、当然にその宗教への信仰が揺らいでしまうのです。

人権擁護の取り組みは、曹洞宗を信奉する者として当然であるべきだということが理想ではありますが、曹洞宗を護持し続けるために不可欠な取り組みという側面もあるのです。

○人権相談について

人権擁護推進本部では人権相談や人権侵害申告を受け付けています。相談内容によっては直接お目にかかってお話をお聞きすることもあります。特に、宗侶が加害者側となっている可能性が高い事案になると、各宗務所の人権擁護推進主事と協働して、問題の解決に当たることもあります。

実は、教団としてこのような活動を行うことに否定的な意見もあります。それは地方自治体や法務省人権擁護局、法テラスなど、様々な公的機関が人権相談事業を行っているからです。民間の宗教法人がわざわざ人権相談をやっても解決しないのではないか、ということなのでしょう。確かに、事業の内容によっては公的機関に取り次ぎを行う場合もあります。けれど、曹洞宗を信奉する人間同士だからこそ解決しなければならない事案もあります。

○曹洞宗を信奉するからこそ

それでは、曹洞宗の人間同士で解決すべき事案とは何でしょうか。

例えば、とある方から「住職が赤信号を無視していた! 曹洞宗の教えではそれは許されるのか」という訴えがあったとします。たしかに信号無視は危険ですが、どういう状況で無視したのか、住職が特定されているのか、注意されてた上で無視したのかなど、様々なパターンが考えられます。

もし、相談の内容が「曹洞宗は信号無視を許すのか?」という教えの是非を問うものであれば、これは人権相談として受け付られません。しかし、「信号無視をした僧侶の態度」を訴えている場合はより詳細に聞き取ります。教団としての問題になる可能性があるからです。

また、このような訴えでは、住職側が被害にあっている可能性を考慮することもあります。

個人の信仰に関わるような事案が公的機関で受け付けられる可能性は低いのですが、曹洞宗についてであれば、教団の課題として対応することもあります。

多種多様な相談の中でも、特に注意を払わねばならないものが「住職の態度」を問題にする相談です。

寺院住職は、その寺院の中で最高責任者であり一番の権力者となるため、行動には細心の注意が必要です。さらに、曹洞宗の教師たる住職が、曹洞宗を支えてくださる方々を貶めている可能性があれば重大な問題となりかねません。悪辣な言動繰り返す住職を教団として放置してしまえば、曹洞宗を掲げる寺院全体の信頼を損ねてしまうでしょう。一仏両祖を信奉しているからこそ、発心を妨げる行為を防ぎたいのです。

 ○実際にあった人権相談

昨今の人権相談では、住職や寺族からの嫌がらせや、葬儀を支えてくださる葬儀社の方への暴力的な言動などについての相談がありました。

例えば、次のような内容です。
① 女性スタッフだけに、お茶出しや灰皿を持たせ、不要な着替えの手伝いを強要する
② 住職の要求を断ると不当な言い掛かりをつける
③ 葬儀の準備が整っていないと激昂する
④特定の葬儀社を出入り禁止にする(※特定を避けるため内容を一部改変しております)

というような言動を不特定多数の方が行き来する場所で見聞きした、あるいはご本人が受けたという訴えがなされました。

①については、訴えが事実であれば言語道断な行為であり、刑事と民事の両方で訴訟となる可能性を含めて検討していました。

②から④についてはより具体的な事情を確認しなければならず、判断を保留していました。葬儀・告別式の会場を準備する葬儀社スタッフと葬送儀礼を執行する僧侶の関係性が分からず、スタッフへの対応の妥当性を判断できなかったからです。そこで関係者に直接お話をうかがうこととなりました。

○葬儀・告別式における立場の違い

はじめに、葬儀の場における導師とはどのような立場であるのかを考えてみますと、喪主に葬送儀礼の執行を依頼され、仏教徒として故人を弔い、遺族を始めとする参列者を導き安心させる立場です。そのため、葬送儀礼に必要なものを準備する責任があります。

次に、葬儀社の方がどのような立場なのかを考えると、大まかに言えば、遺族が安心して故人に別れを告げられるように準備をする立場であり、喪主の依頼に責任を持ちます。

当然ではありますが、僧侶は葬儀社を「使う」立場ではありませんし、葬儀社が僧侶を「使う」ようなこともあってはならないことです。仮にどちらかが一方的な要求を繰り返すようであれば、不当な行為が疑われます。

これらを踏まえて考えてみると、葬儀場にある鏧子や木魚などの仏具などの準備は、葬儀社がその責任を負うものではないことが分かります。なぜならば、喪主が他宗教の場合にはそれらの仏具は不要だからです。葬儀社は喪主から依頼されたことが業務となります。

原則的に喪主が儀礼の準備をしない以上、葬送儀礼を行うための準備は導師にその責任があると考えられ、その前提で、葬儀・告別式を滞りなく進めるために仏具の手配を葬儀社の方に依頼したり、様々なことで互いに協働したりすべきでしょう。

相談者の方々にうかがった住職の言動は、葬送儀礼に用いる仏具の準備が整っていないことで激昂したということでしたので、相談内容が事実であれば住職側の逸脱した行為であることがわかりました。

○業者の出入り禁止について

特定の葬祭業者を締め出す、出入り禁止にするという行為についての判断は特に慎重を要しました。締め出すといっても、喪主から相談を受けてのアドバイスという形なのか、実際に住職が出入り禁止と宣言しているのかも分かりません。

また、なんらかのトラブルが解決していないために業者の方と寺院側が断絶しているのかもしれません。仕出しや生花に関するトラブルで出入り業者を断った寺院のお話はよく聞くところです。出入り禁止について、軽々に判断することはできませんでした。

しかし、寺院に出入りする業者を拒否することと、僧侶が出向く葬祭場で葬儀・告別式を施行する業者を拒否することは根本的な違いがあります。

例えば、結婚式の際に、引出物などを式場以外で用意すると持込料が発生することがあります。これは基本的に違法ではありません。なぜなら式場の管理者が協力しやすい業者と提携を結ぶことに一定の合理性があるとされているからです。つまり、法事の会場となる寺院が特定の業者と提携することには合理性があります。

しかし、寺院外の斎場で儀礼を行う場合、その管理者は住職ではありません。喪主がどの業者を選ぶのかについても原則として住職は無関係です。業者選びについてアドバイスはできても、選ばれた業者を変更させることは不当な行為ですし、菩提寺の住職として身勝手に葬儀を辞退するのであれば、まったく別の問題にもなりかねません。

相談者によれば、喪主が葬儀社を変更するまで住職は葬儀をやらないと発言していたそうなので、これが事実であれば、菩提寺の住職として逸脱した行為であると判断できます。また「住職の言うことを聞かない檀家は出ていっても構わない」というような態度がみられたといいます。

もし、この住職が檀信徒の立場であったらどう考えるのでしょうか。

檀信徒の方々には古くから代々続く家系の方も多くいらっしゃいます。一人の住職によって、先祖代々で護って来た菩提寺を追い出される方の気持ちを思うと暗澹たる気持ちになります。先祖供養を否定する住職の行為は到底容認できるものではありません。

今、基本的人権を理解し護っていくためには、立場の交換可能性が重要だと言われています。自分が相手の立場になったとき、心の底から納得できるのかどうかが大切です。

特に、相手の不利益になるような判断をする際には常に意識しておかねばなりません。

○菩提寺と相談者の互いの安心を

お寺に安心して相談するためには、相談者がお寺を信じられているかが重要です。いうまでもないことですが、お寺を護持する方々の普段の態度や考え方が問われます。

また、お寺側が安心して相談に応じ続けるには、社会における寺院の立場や、人間にとっての葬送儀礼が持つ意義、曹洞宗が行う儀礼に込められた意味など、自分たちのことを多角的に学び続ける必要があります。

その上で、不当な要求があれば断る、受け入れるべきは受け入れるという判断をしていく必要があります。寺院を安全に護るため、個人の感情とは別の基準を持って判断していかねばなりません。

公益法人等に該当する宗教法人として基本的人権を尊重できているのか、お寺を護持する仏教徒として仏祖の法に照らされた行動をしているのか、それぞれを同時に満たす基準が求められています。

人権擁護推進本部で受け付ける人権相談に同じものは一つもありませんが、どの相談であっても基準にしているいることが一つあります。それは「安心をもたらせるのか」です。

問題に直面してお寺に来られる相談者は様ざまな不安を抱えています。相談という建前で誰かの悪行を告発するようなこともあるかもしれません。言い掛かりという可能性もあります。

だからこそ、相談事業は二者択一のような限定的な正解に陥らないよう、包括的に取り組む必要があります。曹洞宗として目指す先を考え、相談に関わる方全員が安心に至る結果を目指しています。

人権擁護推進本部 記