【人権フォーラム】「人権と災害」令和5年度教区人権学習をふりかえる
はじめに、このたび令和6年1月1日に発生した石川県能登地方を震源とする令和6年能登半島地震によりお亡くなりになられた方々のご冥福を慎んでお祈り申し上げますとともに、被災された皆さまに心からお見舞い申し上げます。
また、被災者の救済と被災地の復旧・復興支援のために尽力されている関係各位に深く敬意を表します。一日も早い復興を心より願ってやみません。
人権擁護推進本部では、令和5年度の教区人権学習のテーマを「人権と災害」とし、開催を要請いたしております。予測不可能であり現代の科学をもってしても防ぎようもない、突如として降りかかってくる地震をはじめとした災害に、社会の中にある寺院はどのように対処したらいいのか、運営に携わる僧侶はどのような対策を採ることができるのか、本年度の学習の振り返りとして、改めて開催要項の一部を掲載いたします。
一助としていただければ幸いです。
2023(令和5)年度 教区人権学習会資料「人権と災害」 ~寺院の災害支援と平時の備え~
●はじめに
人権に関する事柄は、日々の日常では感じにくいと言われています。しかし、日本国憲法第12条には「この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によって、これを保持しなければならない」とされています。人権は、日本に暮らす私たちの不断の努力で守られているのです。これは災害時も同様です、被災者であれば人権が制限されても仕方がない、とするわけにはいきません。また、災害が起こる前、平時から備えることで守ることができる人権もあるのではないでしょうか。人権と災害について考えてみましょう。
●ふりかえり「ここから~東日本大震災から10年~」
前年度(2022年)は「ここから~東日本大震災から10年~」と題して東日本大震災をテーマに学習いたしました。学習資料映像の中では寺院が災害を学習・伝承する場になっている場面、住職が被災檀信徒の心の支え、寺院が地域やボランティアの人々が集う場所になっている場面、僧侶が社会福祉協議会と連携して支援活動に携わっている場面などが紹介されました。こうした活動が持つ意味は多岐にわたりますが、そこには人権という視点からも見逃せない意義がありました。
●弱者は災害時、更に弱者に
東日本大震災では、犠牲者の過半数を高齢者が占め、また、障害者の犠牲者の割合についても、被災住民全体の犠牲者の割合と比較して二倍程度に上ったといわれています。
高齢者、障害者、妊産婦など、避難所の生活において特別な配慮が必要な方とその家族を受け入れる避難所を「福祉避難所」といいます。福祉避難所は1995(平成7)年に発生した阪神・淡路大震災を機に見直された災害救助法によって1996(平成8)年に位置づけられたものの、その後の具体的な取り組みは進んでいませんでした。初めて設置されたのは2007(平成19)年の能登半島地震で、翌2008(平成20)年に厚生労働省から福祉避難所についての設置・運営ガイドラインが出されたことにより、ようやく要支援者のための避難支援の動きが広がり始めました。地域のバリアフリー施設を福祉避難所として指定する動きや、自治体と特別養護老人ホームなどの福祉施設の間で福祉協定を結ぶ事例が増えていますが、いくつか問題もあります。
例えば…
①平時において福祉避難所がどこで開設されるかが情報公開されていない
②福祉避難所が必要な人の把握、その支援をする人の確保ができない
③上記の結果、災害時に福祉避難所の利用者が想定より少なくなる
…等々
見た目では困難がわかりにくい内部障害者、難病患者等も、学校や公民館のような、一般的な避難所に長期間いることに伴う困難も生じることでしょう。
●平時からの備えと寺院
災害時に特別な医療器具や治療が必要な方を受け入れることは、難しいかもしれませんが、僧侶という立場にある者と、寺院という場所が果たせる役割は多いのではないでしょうか。
正式な福祉避難所として自治体と協定を結ぶことはできなくても、檀信徒や地域の方々との関係や、相応の空間を持つ境内地を災害時にどう活用できるのか、平時から考えておくことは決して無駄にはならないはずです。大規模な避難所となることは難しくとも、地域に災害時の支援が必要な人がどれだけいるのか、どういった人をどれくらい一時避難所として境内に受け入れられるのか、地域の消防署、消防団や社会福祉協議会等と話しておくこともとても有効なことの一つと考えられます。
●寺院や僧侶が持つ強み
例えば…
①僧侶は檀信徒や地域の中で支援が必要な人を把握することが比較的容易な立場
②ある程度の人数を受け入れられる本堂、庫裏を備えている
③僧侶や空間そのものが利用者にとって一定の安心感の担保となる
…等々
その為に…
①支援を必要とする人々を受け入れるときの合理的な配慮について事前に確認しておく
②寺院も受け入れ先の一つとなれることを地域と共有する
…等々
寺院が色々な人を受け入れる為に必要な考え方については2018~2021年度の教区人権学習資料が参考になるはずです。その考え方を平時だけでなく、非常時にどう活かすことができるのか、地域の寺院が集まる教区人権学習会の機会に皆さまにお考えいただければと、今年度の教区人権学習会のテーマを「人権と災害」といたしました。次は、その理念や具体的な事例を示すものとして「『防災と宗教』クレド(行動指針)」について大阪大学大学院人間科学研究科・稲場圭信教授にご寄稿いただきました。
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「防災と宗教」クレド(行動指針) 大阪大学大学院 人間科学研究科 教授 稲場圭信
東日本大震災では、寺社教会などの宗教施設にも住民が多数避難しました。被災地で宗教施設は地域資源として、「資源力」(広い空間と畳などの被災者を受け入れる場と、備蓄米・食糧・水といった物)があり、檀信徒、氏子、信者の「人的力」、そして、祈りの場として人々の心に安寧を与える「宗教力」がありました。地方では宗教施設がソーシャル・キャピタルの源泉として機能しているところもあり、災害時の避難所として関心が持たれています。また、都市部でも帰宅困難者対策として、宗教施設が一時避難所として行政から指定されるケースが増えています。
2015年3月16日、第3回国連防災世界会議においてパブリック・フォーラム「防災と宗教」シンポジウムが仙台市で開催されました。「防災と宗教」シンポジウムは、災害時における宗教者・宗教団体の取り組みを検証し、今後の災害対応における課題について話し合うことを目的として開催され、宗教者による防災の取り組み、災害時の緊急対応、復旧・復興期の役割、行政との連携、社会との開かれた関係の構築などをうたった「防災と宗教」提言文が採択されました。
その「防災と宗教」シンポジウムを主催した世界宗教者平和会議(WCRP)日本委員会、宗教者災害支援連絡会、宮城県宗教法人連絡協議会の3団体の連携で「防災と宗教」行動指針・策定委員会を組織し、筆者も委員の一人として参画しました。
「防災と宗教」提言文をもとに、宗教者が自らの使命の1つとして「防災」を位置づけるとともに、生命を守る取り組みにおいて連携する一般の市民団体、行政、さまざまな社会的セクターにむけて発信していく「防災と宗教」クレド(行動指針)を策定しました。その「防災と宗教」クレド(行動指針)は、以下の5つからなります。
「防災と宗教」クレド(行動指針)
1、災害について学ぶ
宗教者・宗教施設は、防災減災について共に学べる場を提供します。
2、災害に備える
宗教者・宗教施設は、災害時に向けて共に生きるための備えをします。
3、災害時に支える
宗教者・宗教施設は、災害時に分け隔てなく共に命を支え合います。
4、災害復興に歩む
宗教者・宗教施設は、共に身も心も災害復興に歩みます。
5、連携の輪を広げる
宗教者・宗教施設は、民間機関・行政と共に連携の輪を広げます。
(2016年3月11日「防災と宗教」行動指針・策定委員会)
以下の補足説明は、具体的な行動や事例を示し、行動指針の意図を理解していただくものです。行動指針を基本として、「できることは何か」という内部基準を各宗教施設で考えていく出発点にしましょう。
1、災害について学ぶ
宗教者・宗教施設は、防災減災について共に学べる場を提供します。
たとえば、地元の自然災害についての伝承の場を設けたり、防災意識を高める研修会を開催したりします。
2、災害に備える
宗教者・宗教施設は、災害時に向けて共に生きるための備えをします。
たとえば、宗教施設に非常用備蓄品を保管し、地域的特徴と施設の条件に基づいた防災訓練などの取り組みを行います。
3、災害時に支える
宗教者・宗教施設は、災害時に分け隔てなく共に命を支え合います。
たとえば、被災者のために、宗教施設を避難所や救援活動の拠点として可能な限り開放するとともに、炊き出し、物資の仕分け、瓦礫撤去、寄り添いなどの救援・支援活動を地域の人たちと共に行います。
4、災害復興に歩む
宗教者・宗教施設は、共に身も心も災害復興に歩みます。
たとえば、宗教者は、被災者の信教の自由を尊重しつつ、寄り添い、傾聴、見守りなど、精神面のサポートを継続します。支援者あるいは被災者の一人として、自らの心身の健康にも留意しながら、自分たちができる範囲で取り組みます。
5、連携の輪を広げる
宗教者・宗教施設は、民間機関・行政と共に連携の輪を広げます。
たとえば、宗教界、地域の学校、町内会、社会福祉協議会、NPOなどの民間機関、そして行政とも連携し、対応をします。
阪神・淡路大震災(1995年)や東日本大震災(2011年)後、多くの宗教者、宗教組織が、防災意識を高める研修会を開催したり、避難所運営のワークショップを開催したりしてきました。宗教者自らが、防災士の資格取得に取り組んだり、防災ワークショップを自主企画したりしています。また、宗教施設の敷地内には災害記念碑が建立されていたり、古文書などに災害の記録が残されていたりしています。地域の災害を伝承していくことにも留意したいところです。
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まとめ
阪神・淡路大震災(1995年)、東日本大震災(2011年)などの震災に限らず、過去様々な風水害に遭遇した多くの宗教者、宗教組織が、防災意識を高める研修会を開催したり、避難所運営のワークショップを開催してきました。宗教者自らが、防災士の資格取得に取り組むことや、防災ワークショップを自主企画することもありました。
今回、冒頭で申し上げましたが、教区人権学習テーマ「災害と人権」を開催依頼の最中での大規模地震の発災でした。報道のとおり、1月1日16時10分に発生した石川県能登地方を震源とするマグニチュード7・6の地震は福井県、石川県、富山県、新潟県など広範囲に渡り甚大な被害をもたらしました。救出救援が続けられる執筆時点(1月上旬)でも人的被害、家屋損壊数などは連日増す一方です。現地で続く余震や降雪情報も非常に気がかりではあります。能登地方への不要不急の移動を控えることや救援物資の事前連絡などが「石川県公式HP」で呼びかけられています。この緊急対応期から復旧期(被災者支援、応急措置、インフラ復旧など)へと、徐々に向かうものと考えられますが、改めまして、一日も早い復旧を願っております。
人権擁護推進本部 記