梅花流詠讃歌【諸行無常のひびき】⑩
先月、先々月と、歌人上田三四二を取り上げてきました。43歳で癌に罹患した上田は、今生の覚悟を決め手術を受けました。幸い手術は成功し、61歳で病気が再発するまでのおおよそ17年間、元気で過ごすことが出来ましたが、一方で「いつ、再発するのだろうか」という不安を抱える毎日だったそうです。
上田は17年の間に数々の仕事をし、多くの業績を残しました。宮中において行われる「歌会始」の選者も努めましたし、小説や評論などの著作も多く、「野間文芸賞」「川端康成文学賞」「読売文学賞」「日本芸術院賞」なども受賞しました。後年上田は、「病気は私の人生をさして変えなかったが、人生観を変えた。来世を信じることの出来なかった私にとって、今のこの世こそが全てであった」と語っています。
上田の業績は「癌」という病の賜物と言えるのかも知れません。「この世こそが全て」という上田が、再発の不安の中にあって、残された時間としのぎを削った結果と言ってもいいでしょう。
カナダのエレンベルガーという精神科医は、若い人の病を「創造の病」と言っています。ものを作り、ものを編み出す病であると言っていますが、そうした意味で言うならば、上田の病は「創造の病」と言っていいものでしょう。もちろん、若くして病気になった全ての人が、上田のような人生観を持ち得るわけではありません。むしろ上田のような人は稀なのかも知れませんが、そのことを前提にしながらも、彼の生きざまには「生きることの意義」を感じます。
教えのままにしたがいて 戒法まもりゆく道の
そこに仏の命あり 怠るなかれもろびとよ
「大聖釈迦如来涅槃御和讃」の三番の歌詞で、この世の無常を説きながら、お釈迦さまが弟子らを励ましている様子が歌われています。「怠るなかれもろびとよ」は、弟子たちばかりではなく、私たちに対する呼びかけの言葉と言ってもいいでしょう。
秋田県禅林寺 住職 山中律雄