アメリカ国際布教100周年連載企画 ~北アメリカ曹洞禅のこれまでの100年とこれからの100年~ 第7回 育英会と前角博雄老師
北アメリカ国際布教100周年、誠におめでとうございます。一世紀に亘る間、国際布教にご尽力された多くの方々に衷心より敬意を称します。
国際布教に関して善光寺では、「横浜善光寺留学僧育英会」という事業を1984(昭和59)年より行っております。師父、先代黒田武志住職が横浜の地に新寺を建立し、多くのご縁と皆さまのお陰で寺として歩き始めた頃、報恩事業として人材を育てるという誓願のもと発足しました。
当初は東隆眞老師、黒田俊雄老師、佐藤俊明老師、鷲見透玄老師、奈良康明老師、中村治雄総代を理事に迎え、新美昌道老師を事務局長として設立しました。資金は檀信徒に対し、「これからの世の為、人の為になる人材を育成する為に、毎食のご飯から一口分を喜捨するつもりで助けて欲しい」と熱意をもって支援をお願いし、寺檀一体の事業として始まりました。
師父のその誓願は、両本山での安居の後、日本一周の托鉢、仏教の原点であるインドに赴き仏蹟を巡拝し、タイ、ワットパクナムで上座部仏教比丘として九旬安居を修し、さらに渡米の後、禅センター・オブ・ロサンゼルス・仏真寺で参禅教化に努めるなどの修行を通して溢れ出た思いからでした。
それは、「ほとけさまに生かされている」という実感。いただいた多くの仏縁が、人間形成の土台となったことへの報恩行として、次代の方々への機会を提供したいという誓願が、育英会設立の根本の動機である、と師父は生前述べていました。「1年先を見るものは花を育てる。10年先を見るものは木を育てる。100年先を見る者は人を育てる。人を育てるのは100年先を見なくては駄目だ」と常々語っていた師父。その遷化後も、多くの方からご指導、ご支援を賜り継続することができております。
今年第35回の育英生を迎え、延べ145名の育英生、関係国26ヵ国および2地域とご縁をいただいております。その中には、アメリカの禅センターに留学された方も多くいらっしゃいます。設立当初はアメリカに師父の実兄である前角博雄老師が開教師(現国際布教師)として活躍をされていました。
前角博雄老師は1931(昭和6)年、栃木県大田原市光真寺三六世黒田白純大和尚の三男として生まれ、駒澤大学卒業後、大本山總持寺に安居。その後、原田祖岳老師門下の安谷白雲老師ならびに臨済宗禾山派定光老師門下苧坂光龍老師の室に入って大事了畢され、黒田白純大和尚に嗣法。東京都品川の桐ケ谷寺に住持。1956(昭和31)年、曹洞宗開教留学僧として渡米。1995(平成7)年にご遷化されるまでの40年間、日系人ではなくアメリカ人対象の布教に重点を置き、アメリカ国籍を取得し、現地の方を数多く育成し、アメリカ・ヨーロッパ各地に曹洞禅の道場を開かれました。出家得度の弟子50余人、授戒の弟子800余人、嗣法の弟子12人、印可の弟子は1人でした。開創した道場はアメリカで6ヵ寺を数えます。禅センター・オブ・ロサンゼルス・仏真寺の開創二世、禅マウンテンセンター・陽光寺の開創二世、禅マウンテンモナストリー・道真寺の開山などになっています。
活動の中心は禅センター・オブ・ロサンゼルス・仏真寺でそこを拠点として、アメリカ全土を精力的に布教教化に努められました。老師ご遷化の後は、お弟子の皆さまがそれぞれの場所でそれぞれのやり方で禅センターを守り発展させております。現在は老師より数えて三代、四代とその法が脈々と受け継がれております。
残念ながら私が学生時代に前角老師は御遷化されたので、僧侶としての薫陶を受けることはありませんでしたが、日本に帰国された折には善光寺にも立ち寄られ師父とよく話をしていたことを覚えております。師父は6才上の兄である前角老師をとても尊敬しておりました。育英会にも多大な影響を与えられました。
私も永平寺での修行後、アメリカで修行する機会をいただきました。両大本山北米別院禅宗寺、サンフランシスコの桑港寺、そして、前述の仏真寺、陽光寺や道真寺等に行かせていただきました。丁度その年は、禅宗寺で北アメリカ国際布教80周年を記念する授戒会が勤修され、随喜させていただきました。開教師の方々と現地のメンバーの方々がひとつとなって授戒会を無事円成されたことを目の当たりにし、僧侶とメンバーの方との関係がとても良好で、このような繋がりがお寺にとって大事なことだと、強く実感し、感動したことを思い出します。
また禅センターでは、出家在家を問わず、参禅されている方々が真剣に自己と向き合い坐禅を行じているお姿を拝し、自分自身の甘さや不甲斐なさを痛感させられ、反省したことを今でも鮮明に記憶しております。多くの気づきと学びをいただき、本当に有り難い経験でした。
北アメリカ国際布教100年、脈々と曹洞禅が受け継がれております。アメリカと日本では、文化、風土、環境、人種などのいろいろな違いはありますけれども、お互いにさらに交流を深め、学ぶべきところは学び、より良い方向に発展されますことを念じております。育英会としても国際布教に少しでもお役に立てるように日々精進してまいりたいと思います。
益々日米の交流が盛んになり、さらに曹洞禅の教えが広がり、心穏やかに、争いが無く、平和な世でありますこと切にお祈り申し上げます。
合掌
神奈川県横浜市 善光寺住職 黒田博志