【人権フォーラム】ハンセン病への差別・偏見をなくすために~②仏教者が加担してきた過ちと差別解消に向けた取り組み~

2020.12.03

はじめに

前号の人権フォーラムでは、ハンセン病とその歴史、国の隔離政策などを解説いたしました。今回は、仏教者が加担してきた過ちやその差別解消に向けた曹洞宗の取り組みをお伝えします。

 

仏教とハンセン病差別

道元禅師・瑩山禅師の両祖が生きた時代には、ハンセン(癩)病は、現代のように医科学が発達していなかったために病気・病因が解明できず、仏教の業論(詳細は本誌人権フォーラム2020年1、3、5月号参照)や因果論が俗説と融合し、「業病」という観念が生み出されたのです。

いわゆる「業病」は、前世の悪業によって不治の病・難病になったりするもので、前世の業という実際の病気と無関係の事柄にもとづいて、恣意的に説明されるものです。この原因不明の不治の病・難病=業病という形がさらに差別思想として進行した事例が仏教経典にも説かれています。

 

諸の病の中、癩病最も重し。宿命の罪の因縁の故に治し難し。(「大智度論」巻59)

 

人となり癩を病むは、三寶を破壊する中より来る。…… (『善悪因果経』)

 

悪病業病煩うは、三寶やぶりし大罪よ。……  (『因果和讃』)

 

そして、近世、江戸中期以降に寺請制度によって宗教統制がなされると、仏教各宗は民衆教化に進みはじめます。そこでは難解な仏教教理や思想を用いず、『善悪因果経』や『因果和讃』によって、易しく解りやすく、同時に差別的な仏教本来の教えから離れた「悪しき業論」を展開していったのです。

『洞上室内切紙参話研究並秘録』及び関係書籍

特に 『善悪因果経』や『因果和讃』はハンセン病のことを三宝を破壊する極悪人の末路として捉えています。転じて民衆にとってハンセン病とは「現世」の良い行い次第では、その「難から逃れられる」ものとされていました。

 

このように、ハンセン病の原因や治療法が分からなかった時代に「ハンセン病になったのは、過去の悪しき行為の報いに対する罰」と意味付けし、ハンセン病は「業病」や天の裁きによってかかる、「天刑病」などとよび、仏教における説教の場面において「業罰」の恐怖とハンセン(癩)病に対する差別意識を世に行き渡らせていきました。

曹洞宗において「差別図書」として回収本となっている『洞上室内切紙参話研究並秘録』とうじょうしつないきりがみさんわけんきゅうならびにひろくに収録された「非人癩病狂死者ひにんらいびょうきょうししゃ引導法並符いんどうほうならびにふ」という切紙の中に、「其ノしかばねヲ導師ノ風上ニ置クベカラズ」とあり、その遺体を「穢れたもの」として見ています。これは、部落差別をはじめハンセン病患者や障害者差別を助長するもので、「癩病」や「不具者」には「一般」と異なった葬送儀礼をせよと指示し、自分とは異なるものに対する恐怖と不安、差別意識を定着させたのです。

この切紙は、ハンセン病患者等の葬(とむら)いで「汝元来不生不滅、無父無母無兄弟、此土身去再不来、輪廻顚倒直断絶」と書かれた呪符を用いるもので、この世の一切の者と縁を絶ち、二度と生まれてきてはならない、輪廻さえも許さずと、極めて差別的な絶滅・断絶思想を伝承したものでした。

また、1953(昭和28)年に曹洞宗の僧侶が著した『家庭訓』という本にも極めて差別的な箇所があります。

さらに厳重に血統をまもらなければならぬうえからは、精神病、癩病、悪質の伝染病等に注意し、不純な血を警戒し防止せねばならぬ」

ここでは「血統」を重んじ、不純な血を警戒防止しなさいと、世俗化した教説で「業病」とされたハンセン病をはじめ精神疾患等を排除するという考えが記されています。

「不治の病」「恐ろしい伝染病」であるという意識を人々に植え付けた背景には、仏教の間違った解釈・理解があり、「らい予防法」をめぐる歴史に大きな影響を与えました。

 

宗門の取り組み

国立駿河療養所においてに物故者諸精霊追善法要を勤修

曹洞宗では、仏教の間違った解釈・理解があったことを深く受け止め、元患者の方々の人権を侵害し、差別や偏見を助長してきたこれまでの重大な過ちに真摯に向き合い、2001(平成13)年6月の第86回通常宗議会において「ハンセン病患者及び元患者とその家族及び親族に対する謝罪と人権回復のための啓発活動に尽力することの決議」を採択し、宗門を挙げてこの問題に取り組むことにいたしました。

ハンセン病の正しい理解と、過去の歴史から仏教とハンセン病の関わりについて学び、後世に教訓として歴史を残し、再び同じ過ちを繰り返さないためにも、自らの差別解消の誓いとして心に刻み、地域社会に広めていくことや、現存する「ハンセン病差別」をなくしていく行動として、全国の国立療養所13ヵ所を公式に訪ね、謝罪と追悼のために物故者の追善法要を修行させていただき(2001年8月~2004年3月)、研修などを通じてハンセン病差別解消につながるよう取り組みを行ってきました。

現在でも、東海管区の宗侶を中心とした曹洞宗駿河親睦会の活動や、熊本県管内宗務所による継続的な支援など、療養所入所者との交流が各地で重ねられています。

東海管区内宗務所僧侶による読経

1996(平成8)年にようやく「らい予防法」が廃止され、違憲国家賠償請求訴訟が提起されました。また、2001(平成13)年熊本地裁で原告勝訴の判決が下され、国は早期に全面解決する必要があると判断し、原告の主張を受け入れ控訴をせず、「ハンセン病補償法」が制定施行されました。さらに2009年には、今後のハンセン病政策の指針となる「ハンセン病問題の解決の促進に関する法律」が施行され、療養所の周辺住民とも広く交流が図られています。

しかし、かつてハンセン病患者であった方たちは「人間回復」を基軸に提訴された裁判を勝ち取ったにもかかわらず、名誉の回復は未だ不十分であるのが現状です。いったい何がそのようにさせているのでしょうか。

90余年という長きにわたる「らい予防法」をはじめ、ハンセン病患者の方々を排除し、曹洞宗を含む仏教教団が社会に恐怖をかき立てるような間違った教えを広め、差別に加担してきたことがあります。それらは至心に懺悔しなくてはなりません。僧侶が「救済」を説いてきた背景には、前世の悪業の罰を認めるという前提があったからです。

人権擁護推進本部 記

 

【参考】

・「曹洞宗人権擁護推進本部紀要第二號」曹洞宗人権擁護推進本部

・『リーフレット 知ろう考えよう ハンセン病に対する差別や偏見をなくすために』

・人権フォーラム『曹洞宗報』2016年9月号

 

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