迷える中年ライターが『修証義』を書き写してみた・特別編『禅僧たちと座談してみた 第3回(全3回)』『修証義』のこれから
第2回は『修証義』が曹洞宗の準拠すべき本質を語ったものだけに、そこから派生する個々の悩みなどに寄り添う方法の困難さについての話題が出ました。今回は、具体的にどういう方策があるのか、これからの『修証義』の活用法について、語られていきます。
『修証義』を基本として、多くの人たちの個々の迷いや悩みに寄り添うため、どんなことができるのか。
禅僧たちが感じていたのは、問われれば問われただけ、『修証義』には応えられる言葉があるのではないか、ということでした。
「禅僧個人個人の感覚が違って、答えの形も違っていいのです。『修証義』の範疇からこぼれ落ちていなければいい。こっち端と向こう端くらいの距離感、乖離があってもそれはそれでいいのでは」
「例えば戒の話をすると、わかっちゃいるけどやめられないんです、という人がいます。でも、『修証義』のスタンスでは、わかっちゃいるという時点で、それでいい、といっています。わかっていることが大事。わかっていればいつか辞められるかもしれない、と語っています」
ただし、どんな応え方をするか、どういうスタンスをとるかについては、慎重になるべき部分もある、という意見もありました。
「現代語訳の作成にあたっては、ずいぶんと言葉を絞りました。もしかすると、一読して論理的に矛盾しているような部分もあるかとは思います。補っていかなくてはいけない部分はもちろんあるし、でもそのままの言葉を提示して読み手に考えさせる部分もあると思います。それぞれの僧侶たちが独自の解釈を求めるあまり、曲解がまかり通ってしまった悪い歴史もありましたから」
『修証義』には、「坐禅」や「修行」といった、外から見た禅宗のイメージそのものともいえる言葉が書かれていません。しかし、考え方を伝えれば、受け手が自分に引き寄せて感じ取ってくれるのだ、という実感を得たエピソードが紹介されました。
「とある医師学会の集まりで講演したとき、曹洞宗はどういうことを大事にしているのですか、と問われました。それに対して、自分の人生の中で、菩薩になっていけるようにすることです、そうすることが修行なのです、と応えました。そして菩提心というものの話をしたんです。
私の講演が終わり、学会長がこんなお話をしました。
『医師は治りつつある患者、治る見込みのある患者の元にはよく足を運ぶのだが、薬がなかなか効かない、根治が不可能という患者からは足が遠のいてしまう。だから、両方の患者に対して、同じように接するようにしなさい、と若い医師などに話をしています。
今日、菩提心の話を聞いて、私たち医師こそ菩薩になるための一番近い場所にいる、ということがわかりました』
私は、他者を思いやり、毎日を誠実に過ごしている人であれば、たとえ修行を日常的に生活の中で意識していない人であっても、菩薩になることについての実感をつかめるのだという発見ができて、大変興奮しました。「坐禅」や「修行」という言葉を省いた『修証義』のすごさを再確認したのです」
曹洞宗では、社会的な問題に対しての世界的な取り組みであるSDGsに、宗教団体として関わっていこうとしているそうです。SDGsで取り上げられている社会問題は、貧困や飢餓の撲滅、気象や環境問題、各国間や個人間の不平等問題など17に大別されています(注1)。
禅僧から、これらの社会問題に対する活動の根拠として『修証義』は大いに役立つのでは、という意見が出されました。
「例えば、第4章の発願利生の“己れ未だ渡らざる前に一切衆生を渡さんと発願し”や、“布施というは貪らざるなり”といった一節は、まさに貧困問題に対する行動の根拠となる考え方です。他の多くの社会課題に対しても、『修証義』の考え方を引くことができます。
信仰の柱としての『修証義』ですが、宗教的な戒めとは縁のない曹洞宗以外の多くの人たち、でも毎日の生活の中で正しく生きようとしている人たちに対して、「その考え方や行動は正しいことです。その生き方でいいんですよ」と言ってあげられる、そういう担保にもなるはずです。
社会課題を共有することで解決法を具体化するSDGsの取り組みの中で、曹洞宗は『修証義』を元にして、信仰実践としての意義を発信できるのではと考えています」
仏門に身を置く人にとっても、恋に身を焦がしている人にも、世界から争いをなくそうとしている人にも、それぞれに悩みや不安は存在しそれをなんとかしたいと願っています。そのためには、答えも、答えに至る道筋や考え方も、そしてその考え方を実践し続けるための根拠が必要でしょう。『修証義』に収められた言葉には、それらの大元になる言葉が詰まっているのではないでしょうか。
注1:SDGs(エスディージーズ) 「Sustainable Development Goals(持続可能な開発目標)」の略称。2015年に国連サミットの中で採択された国際社会共通の目標のこと。2030年という解決年も設定されている。厳密な評価基準も定められており、現在日本は世界15位で、達成項目は1つだけ。国際的な企業活動にもこの規約に対しての評価が織り込まれており、既存の理想目標の域を出た活動として注目されている。
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