迷える中年ライターが『修証義』を書き写してみた ~曹洞宗のお経を一般人が読むと?(第5章・第29節)~

2019.02.21

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初めて触れる『修証義しゅしょうぎ』の本文を読み、鉛筆を手に書き写し、また現代語訳を読む中で感じた事を率直に語っていきます。第29回は、第5章「行持報恩」の第29節について。
honbun第29節 「其報謝は余外の法は中そのほうしゃ よげ ほう あたるべからず」

■ライターはこう思いました

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ライター 渡辺ロイさん

長い時代を経てもなお、自分たちの眼前に仏の教えが現存している……。
前節では『修証義』の主編集者・大内青巒おおうちせいらんがこのことについて喜びを爆発させている、と迷える中年ライターは読みました。
そしてこの節では、その恩に対する姿勢について触れています。
特別なことはしなくていい、ただ日々の生活の中で仏の教えを実践しなさい、それが恩返しですよ、と言っています。

日々教えを実践し、その中で生活していくこと自体が修行でもあるので(特に、僧侶ではない多くの人にとっては、そういう考え方が重要だと説いています)、実行は難しいことながら考え方は共感ができるし、大事であることもわかります。
今回の文章の中で、気になったのは「謂ゆるの道理は日日の生命を等閑にせず、私になおざり    わたくし費やさざらん」というところの「私に」のところです。
現代語解釈では「毎日の暮らしを大切にし、勝手気ままに時を費やさないように過ごす」となっています。

この「私に」という感覚が、現代を生きる我々にとって、なかなかに考えさせられるところかな、と感じました。
「私に費やす」を、「勝手気ままに過ごす」と読んでいるのですが、もしかするとこのあたりにピンとこない人が多いのかもしれない、そう感じたのです。
なにせ「自分らしさ至上主義」の現代は、どうやったら好きなことを好きなように行って生きていくかを追求している時代なのですから。

先日、絶滅を危惧されている植物について取材する機会がありました。
東京都だけでも、絶滅危惧植物で特に危ういとされているはおよそ200ほど。とうに絶滅してしまった植物は数え切れないほどなのだそうです。多様性の確保という立場でさまざまな活動をしている植物多様性センター(神代植物公園内)の方や、武蔵野の郊外である野生種のランの保全活動に関わっている方などに話を伺って、ちょっとだけ勉強をしたかたちです。
我々は全地球規模において、多様な植物が底支えする生態系の恩恵を受けています。例えば1年間に昆虫の農作物の授粉による経済的価値は、20兆円を軽く超えるとされています。どうでもいいじゃんとばかりに、授粉に関係する昆虫の幼虫が食べるある種の植物を絶滅させてしまうと、大変なことになるわけです。しかし、その多様性を守るためには、地域の人たちの地道な活動がなければ、どうにも立ち行かない。国や行政、専門家たちがいくら努力しても手は回らない。
ほうっておくと、真綿が首を締めるかのようにあちこちで少しずつ、よろしくない世界へと変容してしまうわけです。

世界規模の危機は、地域の人たちの努力にかかっている。このダイナミックにスライドする価値観と実践の難しさの関係は、ここまで『修証義』で説かれてきたことにとてもよく似ています。
日々を「私に」費やすということは、回り回って多くの人の不幸を招く結果になるかもしれない。そうすれば、一人ひとりが社会的な動物である人間ですから、やっぱり自分も不幸になってしまう。
地球規模でべらぼうに賢い人たちが実験や観察、複雑な計算などで導き出した多様性の確保の重要性は、仏の教えの中では簡単な言葉によってまとめられているのかもしれません。

締め切りがないからと寝坊をするような中年ライターは、きっと日々を私に費やしている典型でしょう。こういう原稿を書いている日に限って、うっかり寝すぎてしまった後悔を抱えているのは、果たして偶然なのか。内省しつつ、今日を過ごしていきます。

 

■禅僧がライターへこう応えました

本節は、仏さまの教えに出会えたことを感謝し、その恩返しとして、日々の生活を丁寧に行ってゆくことの大切さを説いています。

その際にポイントとなるのは、ロイさんもお気づきのように、「私に費さざらんと」の部分でしょう。

私たちは、自らの都合、欲望を優先しがちです。そのことによって自由に楽しく生きることもできるわけですから、一概に悪いとは言えないでしょう。しかし、そうした自己中心的な見方(エゴイズム)は却って、自らを苦しめることにつながる、と仏教では捉えています。

自分の目線からの狭い視野から脱却し、大きな視点から物事を見た時、大切なことが見えてくることでしょう。ロイさんが例示された、生態系の保全の問題などは、その最たるものだと思いました。地球規模の環境問題を考えた時、どのような行動を取ればよいか、そのような発想は、「私」優先の見方からはなかなか出てこないはずです。

「他者のためを思って行動する」「他人に思いやりのある言葉で接する」などなど、これまでの連載でもたびたび登場した『修証義』で説かれる生活実践も、「私」から離れた大きな視野の中で生じることがおわかりいただけるでしょう。

そうした生き方を日々の生活の中で積み重ねてゆくことが、仏教徒として、充実した人生を送る上で肝要なことである――、本節のこうしたメッセージを味わっていただければ幸いです。

 

~ 「迷える中年ライターが『修証義』を書き写してみた」バックナンバー ~

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